目次
いよいよ最終回です!
みなさんこんにちは!
北海道で学生をしながらライターをしています、板倉です。
このI LOVE BIKEシリーズでは、僕が免許取得前からバイク走行の経験をしたことや、免許取得後、愛車レイ(Honda・XR230)との旅の話をしさせていただいています。
前回は、夏休みツーリング最後のお話、途中で北海道胆振東部地震が発生したことや、停電したにも関わらずツーリングを続行、そんな夏休みツーリングが幕を下ろしたところまでをお伝えしました。
さて、今回でレイとの旅もいよいよ最終回。
振り返れば、夏休み前半のたった一か月で9,000㎞。
納車してからの4か月で、なんと総走行距離が18,000㎞を突破という自分でも信じられないほどの距離を走行した私とレイ。
秋を迎えた僕たちに待っていた悲しい運命とは……。
バイトの脚では物足りない!
これは昨年(2018年)のお話。
夏休みツーリングを終えた9月は学校行事等がいろいろとあって、ここまでさんざん旅のお供をしてくれたレイのお仕事は、もっぱらバイト先への足。
レイについた旅の垢落としもそこそこ。
洗車をしながら、「これではいけない!」と思い立ち、Twitterで見かけた投稿をきっかけに、いくつかのツーリング計画しました。
1本目のコースはざっとこんな感じ。
「ちょっとした道の駅巡り?」
確かに、そいう感じですが、これはただの道の駅巡りじゃないんです。
これは「銀河鉄道ツーリング」と題した超ロングツーリングなのです。
文芸の空は銀河鉄道のように
今回はあえて、深夜発の夜行ツーリングとして敢行しました。
振掘駅で宇宙(そら)へ舞い上がる
北海道にはかつて、旧富内線という国鉄時代に存在した路線があったのをご存知でしょうか?
1922年7月24日に開業し、1986年11月1日に64年の歴史に幕を下ろしたローカル線。
その途中駅であった富内駅は今、ライダーに人気のスポットになっているんです。
今回は、「銀河鉄道ツーリング」ということで、夜中に出発し、最初に目指しまたのがこの駅。
その理由がこれです!
この富内駅には、銀河鉄道をイメージした夜空へ向かうカタパルトレールがあるんです。
このレールのかなたに続く夜空へ飛び立ちたくなるような、そんなロマンに誘われて、今回の夜行ツーリングを思い立ちました。
銀河鉄道といえばやっぱり銀河鉄道999(スリーナイン)。
夕方頃には再び駅を出発する999にあやかって、次の夕刻にはつた旅ここに舞い戻ってくる計画です。
この夜はひとまず、この写真を撮って富内駅を後にします。
北海道は廃線ツーリングが楽しい!
富内駅を後にした僕は、夏休みにも赴いた道の駅「樹海ロード日高」と「鉄道員(ぽっぽや)」で有名な幾寅駅へ。
この夜は、それぞれの駅で缶コーヒーの温もりを頼りに身体を温めながら仮眠をとりました。
そんな夜を明し、朝からはひたすら目的地の陸別を目指します。
今回は、「ステラ★ほんべつ(本別町)」から「あしょろ銀河ホール21」を経由して陸別にある道の駅「オーロラタウン93りくべつ」まで向かう旅です。
実はこのコース、全国の第3セクター鉄道の中で、最長営業距離を誇った「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」の廃線跡沿いなんです。
こうした廃線ツーリングをするのも今回の目的の一つでもありました。
ホントに「駅」だった道の駅たち
朝方、最初の道の駅は、ちょうど売店が開いたところ。
朝食を兼ねて1時間ほど休憩をしました。
道の駅「ステラ★ほんべつ」
ここは、道の駅「ステラ★ほんべつ」というところ。
ここにも旧駅舎が残っていて、当時の面影が残っています。
鉄道としての役割を終えても、駅はこうして道の駅としてその役割を続けているのですね。
そして何より北海道の秋の空、きれいでしょう?
実に清々しい朝です。
あしょろ銀河ホール21
そんな道の駅「ステラ★ほんべつ」での朝食を食べ終え、約30分ほどで次の道の駅「あしょろ銀河ホール21」に到着。
写真奥の大きな塔のようなものが付いている建物が、道の駅との複合施設。
ココもかつては鉄道の駅だったので、建物内部にはプラットホームや線路が残っていますが、現在はお土産屋さんになっています。
やっぱり足寄と言えばあの方。
足寄が生んだスーパースター、松山千春さんのギャラリーがちゃんと、というかやっぱりあるんです。
映像参照元;北海道の道の駅総合サイト「北の道の駅」/あしょろ銀河ホール21/インフォメーション
「♪なが~い~、よぉ~るをぉ~」
…とび超えて僕もここまで来ました。(笑)
編集長の山本さんも、若いころ松山千春の家を見に行ったそうですが、あれ?
『髪の毛って今確か…?』
いえ、何でもありません!
オーロラタウン93りくべつ
「あしょろ銀河ホール21」から1時間弱で、折り返しの「オーロラタウン93りくべつ」へ到着。
ココは旧陸別駅。
なんと、列車の運転体験(予約制)もできる施設が整っていて、わずかながら列車も動かせるようになっているんです!
ただ、一部区間が昨春災害に遭い、運転体験のできる「新銀河コース」では2019年度の運行予定はないとのこと。
これは覚えておいて来年以降のお楽しみですね。
ただ、運転体験はできなくとも、観光用の「なつぞら」号の運転はあるとのこと。
こちらは今年〔2019年〕の10連休もにぎわったそうです。
車両を見て、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この列車側面には「銀河鉄道999」の星野鉄郎、側面にはメーテルが描かれているんです。
車両によって髪色が白と黄色があり、この日見たのは白でした。
列車を見た後はようやく予定通りの早めのお昼ごはん。
999を見て思い出したのは、星野鉄郎の大好物ラーメン。
ココは「赤とんぼ」というお店で、シンプルで親しみやすい味。
いかにも鉄郎が食べていそうな感じのラーメンでした。
鉄郎とラーメンの味を共有できたところで、銀河鉄道999のように、また出発地点へ戻ります。
ここまでの道を一気に4時間ほどで戻っていき、旅の振出となった富内駅に戻ってきました。
夜には人工的な明かりがなく、ちゃんと写真を撮れませんでしたが、今度はちゃんと写真を撮ってきましたよ。
これは、昼間に静態保存されている当時の車両との一枚。
まるで、レイが「銀河鉄道999(スリーナイン)」の機関車のようですね。(笑)
このあとはまた家に向けて出発。
地震の影響で、迂回せざるを得ない道もありましたが、およそ18時間の長旅となりました。
星空をおかわりわりしたくてワンモアツーリング
「銀河鉄道ツーリング」を終えてなお、星空が恋しくなったある日、SNSにあった芦別(あしべつ)の雲海も見に、上金剛山展望台行くことにしました。
札幌市をまわってから深川方面へ北上。
夜中に1人バイクで走るのはもう何度目でしょうか。
シカの鳴き声も聞こえたりするので、動物に注意しながら一部徐行運転。
寒い中、缶コーヒーで体を温めながらゆっくりと進んでいきます。
そしてようやく夜明け前に芦別の上金剛山の頂上(314m)に到着。
既に外気温計は1℃を示しています。
実は芦別は「星の降る街」と言われているほど。
山間部にあるため、市街地から少し離れればすぐに星空を見ることができます。
星を見て、寒さに耐えながら明るくなるのを待ちました。
この上金剛山展望台は、木製のベンチと景色を紹介するマップがあるだけの小さな山頂。
ですが、雲海を見ることもでき、夜明けの芦別の町並みは何とも美しいものです。
本当は日の出も見たかったのですが、この日は残念ながら分厚い雲が空いっぱいに広がっていたので、日の出を望むことはできませんでした。
しかし、まるで天から見下ろしているようなこの景色。
僕は一生忘れ無いでしょう。
なぜかシシャモが食べたくなった
夜行が多かったので、今度は「お日様の下でツーリングがしたい」と思い鵡川(むかわ)へ、地元名物のシシャモを食べに行きました。
今回はFacebookで知り合ったMeguさん(ヤマハ・SEROW 250)と、道の駅「マオイの丘公園」(長沼町)で合流。
Meguさんは、毎年初秋に鵡川へツーリングしているということで、今回は先導役をお願いしました。
途中、北海道胆振地震の被災地を通ったのですが、震源により近い厚真町を通ると、山体が崩壊していたり、土地が隆起してヒビや段差ができていたり…。
発災時、僕は網走から宗谷岬を目指してツーリング中で、全道停電も経験しました。
しかし、改めて地震の被害を間近に感じ、ここでは思わず言葉を失います。
あまりのショックにその場の写真を取り損ねましたが、気を取り直したところで、目的地である鵡川の大野商店に到着。
Meguさんと道中に見た厚真町の被害の甚大さや、当時の自分の状況などを語りながらししゃもを待ちました。
と言ってもここで出てくるシシャモはお寿司。
あのシシャモが寿司に?
初めてのシシャモの刺身は、脂がしっかりのっていて、まるで大トロのように口の中で溶けるような食感。
また、わさびも多めで、鼻がツーン。
それもお寿司をいただく際の醍醐味ですね。
豚汁も付いているので、秋を迎えたライダーにとっては実にありがたかったですね。
別れは突然やってきた
大野商店を後にした私たちは、集合場所だった道の駅「マオイの丘公園」で休憩。
その後は途中の信号でお別れしました
まさか、これがレイと僕との最後のツーリングになるとは…
次の週の話。
いつものように大学の講義を終え、いつものようにバイト先へ向かっていたところ、前方に突然対向車線から車が右折!
ギリギリのところを避けることができたのも束の間、僕とレイはその先の縁石に激突していまいした。
僕は投げ飛ばされ、10メートル近く歩道に転がり、足の痛みで一時的に起き上がることができませんでした。
ようやく立ち上がってレイを探すと、レイは歩道横の切土へ転落していました。
僕はそこからは救急搬送され、検査の結果、両足の擦過傷と左太ももの打撲があり、骨折こそしなかったものの、しばらく松葉杖生活に。
ようやく杖が置けるようになり、事故から1か月たって、レイを預かってくださっていたレッドバロンへ見舞いに行ったのですが…。
一瞬で、僕は言葉を失いました…
なんと、フロントフォークが根元からポッキリ折れていたんです。
もはや自立することもできないレイ。
修理することになると、初見だけでも購入時以上の金額がかかってしまい、また、フレームへの被害も大きいと言われました。
ここまで来てしまうと、どうすることもできない。
ましてや学生の身分、修理代を払うことはできません。
泣く泣く廃車を決断。
しばらくして、
『レイが自分の車体を呈して私を歩道に投げ飛ばしてくれたのではないか?』
と、思うようになりました。
もし一緒に切土へ転落していたら、私は骨折、イヤ、命の危険もは確実にあったはずです。
そう考えると、レイが守ってくれたんだと思い感謝しかありません。
レイ、ありがとう!
泣いて終わりにしたくない!
温かくなり、ようやく春の兆しが見えてきた北海道。
新たなバイクライフが始まりました。
レイの意志を継ぐ2台目のバイクを迎え入れます。
もう一度レイと同じXR230をとも思ったのですが、
レッドバロンで探していただいていた結果、XR230は、なぜか人気沸騰中で私の他にも3人の方が出物を探しているとのこと。
では、同じ車格を持つオフ車のYAMAHA・REROW225はどうかというと、
年式が古く、条件の合う完調な個体がなかなか見つからない。
さて、何か他にないものか尋ねたところ、ちょっと変わったバイクに出会うことができました。
それが次期愛車、SUZUKIのGSX250FX。
そう、スズキのバリオス?です。
足付きやライディングポジションは問題なく乗りやすい。
強いて言えばこれを選んでしまうと4気筒の燃費がツアラーには気になることでしょうか。
そしてこのGSX250FX、偶然にも、レイと同い年(年式)なんです。
納車時走行距離も例の乗り出しと同じ25,000km。
運命のようなものを感じました。
まだ一か月しかたっていませんが、これから取材のための移動手段としても乗ってあげることもできます。
昨年のレイのように無理をすることもないと思うから、これからもよろしくね、スズキのバリオス君!