目次
全ては安全のため
皆さんはモビリティーに電子制御が搭載されることをどう思われるでしょうか。
きっとそれは、誤発信抑制であるとか、オートブレーキに車線トレース機能?
車の場合、運転サポートは人間の判断よりも機械の判断を優先させる方向にあります。
「おいおい、そんなの人間の方で気をつければいいっじゃないか」
たしかにそう揶揄する声もわからないでもありません。
モビリティーに「電子制御」がプラスされることには恐らく、「人の感性を否定するものだ」というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか?
実際、電子制御が搭載されたバイクに対しても、
•「電脳バイクに乗ってしまうと、腕が落ちる」
そういう声は少なからず聞こえてきます。
しかし当然「電脳バイク」を選んだライダーとしては、そんな論調を苦々しく思っているようです。
「バイク+電子制御は安全性のためのもの、安全のためにこれまでできなかったことが、今はできるんですよ!」
知らずして電子制御の何たるかを揶揄する人に、その部分を正しく知ってもらいたい。
そんな想いから、CBR1000RR-SPのオーナー氏は、筆者に惜しげもなく自らのスペシャルマシンを託してくれました。
今回はCBR1000RR・SPを特別にお借りして、公道で「バイク+電子制御が何をしてくれるのか」を探求したいと思います。
オーナー氏渾身のCBR1000RR
今回オーナー氏は惜しげもなく「どうぞ乗ってください」とおっしゃるわけですが、これがただのCBR1000RR・SPではありませんでした。
ホンダドリーム上大岡店が手掛けたというカスタムは多岐にわたり、その内容も豪華絢爛。
オーリンズ製セミアクティブサス、ブレンボ製レーシングキャリパーは純正装備。
そこにOZ・RACINGのGASS-RSAが装着されています。
バックステップはOVER製。
マフラーもTSR製のスペシャルマフラー。
ECUの内容も8耐マシンを多く手がけるショップに依頼して書き換えたといいますからこれは相当なものです。
お借りするとなれば、CBR1000RR・SPと言うだけでも恐れ多いもの。
筆者としては、もはやワークスチームからGPマシンを預かるくらいの緊張感があるわけですが、ビビる気持ちを何とか押し殺して平常心で試乗に挑みます。
迎え入れてくれる感覚
今回、試乗コースは筆者が通いなれた国道143号(道志みち)をリクエスト。
と言ってもいつも道の駅に野菜を買いに行くくらいなので、膝を擦って走ろうというのではなくて
「普段の走り方をしてどう思うか?」にこだわって試しました。
筆者はR1(5vy)を降りて4年経過のおっさんライダー。
実はR6の試乗取材で今どきすぎるSSの足つきがトラウマになっていたので大緊張。
が…、そこはさすがのCBR。
シート高は820mmとSSの中では控えめ。
脚をしっかりと接地させることができ、全体のポジションにも、ある程度の自由度があります。
TFTカラー液晶のメーターも非常に視認性がよく、インターフェイスとして非常に馴染みやすいものでした。
操作やポジションの確認も終わると、
『これなら仲良くやれそうだ』
そう思えて、身構えた力が徐々にぬけていきました。
乗り手を選ばず、シートに迎え入れてくれるフレンドリーなホンダらしさ。
本当にこれは素晴らしいものですね。
ちょっとおさらい
CBR1000RR・SPにはエンジンだけでなくセミアクティブサスやスポーツABSなど、数々の電脳制御システムが搭載されています。
その要となるのがIMUという慣性計測システム。
GPマシンやSSマシンには、もはやお約束の機構です。
試乗記に入る前に、IMUの基本的な役割をザックリおさらいしておきましょう。
例えばコーナーで
コーナー進入から脱出までの動きを思い出してみましょう。
コーナーに進入では…
- ブレーキングによってピッチが強くなり、車体は前のめりになります。
- このとき、フロントサスはFタイヤに圧力をかけながら縮んでいき、リアサスが伸びてリアのトラクションは減少します。
- リーン側にライダーが体重移動しながら抜重、マシンのバンクを深めていくと、コーナー中腹では両サスが慣性圧で縮み、両タイヤのエッジ付近がふんばっている状態に。
- コーナー脱出に向けてアクセルを徐々に開けて荷重をリアに移し、リアタイヤにトラクションをかけていく。
そんな流れですよね。
この動きの一つ一つの中で、どこかに限界値を超える動きが加わり、ライダーがそれに対して補正制御できなければマシンは簡単に転倒してしまうでしょう。
そのためライダーは多かれ少なかれ、路面状況やバイクにかかる力すべてを把握しながら、それらを自らの判断で制御していく必要があります。
IMUはこの判断をバイクが補佐し、バイクの状態を刻々と把握しながら各パーツの動きに補正を加え、バイクの動きを最適化する役割を持っています。
電子制御の「お仕事」
- ブレーキングや加速の際に発生する縦方向の回転運動(ピッチ)
- コーナーリングで発生する旋回方向への回転運動(ヨー)
- 同じくバンク角の深さなどの横回転運動(ロール)
これら3軸の回転方向の角度と速さからその慣性力を検知しています。
これに加えて、
解説図参照元;ヤマハ発動機
- 前後慣性
- 上下慣性
- 左右慣性
というさらに直線方向に3軸の慣性力も同時に検測しているのです。
つまり、これら3+3=計6軸のの動きを常に監視しながら、
- アクセル開度や走行速度に対するエンジン出力調整
- 走行状態に対するサスペンションの瞬時調整
- ABSの制動力の常時最適化
等を行い、様々な走行状況においても車両の安定を保とうするのがIMUのお仕事です。
さらにレースともなれば、時々刻々と変わる状況の中でひとつでも前に出られるよう、ライダーは常に戦術を組み立てていなくてはなりません。
レースにおいてIMUは、マシンの動きをある程度コンピューターに任せて、ライダーを戦術の組み立てに集中できるようにするのがその役目だと言っていいでしょう。
- 「そんなに限界を高めたマシンが公道で必要なのか?」
- 「そもそものライダーの勘が育たないのではないか?」
という話になってくるのは、恐らくIMUがクローズドコースでこそ真価を発揮するものと考える人が多いからだと思います。
果たして彼らの言うように、公道上のIMUは否定されるべき存在なのでしょうか?
電脳バイクは公道に不要?
では、限界値をさらに高めたCBR1000RR-SPスペシャル。
公道上でそのIMUがいったいどんな仕事をしてくれるのでしょうか?
公道でCBR1000RR-SPはこう走る
いよいよオーナー氏と待ち合わせた宮ケ瀬湖畔園地を後に、道の駅どうしに向かいます。
撮影は晴天の日曜日とあって、家族連れの車が多いシチュエーション。
SSバイクには申し訳ないほどののんびり走行です。
多くのマシンンにあるように、CBR1000RR-SPにもパワーセレクターが搭載されています。
参照元;ホンダ技研工業(株)
任意設定を含めればそのバリエーションは数十通りにもなるので、さすがにすべては試せませんが、今回の試乗ではMODE1~3の3パターンを試しました。
まずはMODE3から
流石に遠慮もあったので、最初は電子制御の介入度が最大のMODE3でゆっくりと走り出します。
とにかくマシンが軽く、重心位置が絶妙で、タンクやステップへの入力には実に従順な応答性を見せてくれました。
ただ、気になったのはこのモードのアクセルに対する反応。
MODE3のCBRは、グッと開けるアクセル開度に対して、力の盛りがちょっと遅れる感じ。
電子制御がちゃんとパワーを絞っているのを実感できます。
それでも、下のトルクがスカスカになるわけではなく、ちゃんとトラクションを保って車体を前に押し出そうとしているのが面白いところ。
晴天でコーナーを捌きたいと思えば、ややモッサリした感じは否めませんが、MODE3は雨天やミューの低い路面での走行に適したモード。
その役目を思えばその性質は見事なもの。
これなら急に山の天候が変わってしまった場合にも、スリップダウンに対する恐怖心も軽減され、恐れることなく山から家へ向かうことができるのではないかと思います。
しばらく走って今度はMODE2へ
MODE2では先ほどまで感じていたモッサリ感が薄れ、アクセルの応答性がよくなって、素直な車体の特性を活かしてリズムを取りやすいような印象を得ました。
もし、電子制御がないバイクなら、パワーを上げるとリアサスが早く沈んだりするので、何回か走りながらセッティングでバランスをとっていく必要がありますよね。
ところがCBRの場合、パワーのかかり方が変わってもリアサスの沈み方が大きく変わることがなく、安定した姿勢を保ってくれています。
これはセッティング的に楽ですし、なによりライダーの安心感も高いですね。
最もHOTなMODE1にスイッチ
やはりこのモードでは、アクセルは右手の動きに実に敏感に反応し、回転数がスパっと上がるのが気持ちいいですね。
とにかくすべての動きにキレがある感じ、オートシフターも小気味よく楽ちんです。
単に楽ということだけでなく、トップモードのMODE1では、
「この先どうなるの?」
と、ワクワクするような爽快感がもっと高い速度レンジまで続いているような気がしてきます。
走り始めからずっと行楽の車列に追従して走っているのですが、高速セッティングのアナログマシンなら、この状況で下トルクの無さや固めたサスが仇になって、イラッとするかもしれません。
しかし、、そのことにストレスを感じることがないのがCBRの不思議なところ。
トップモードのMODE1でのんびり走っても、ライダーをイラつかせるさせることがなく、車速に応じて快適にに走ってくれます。
この乗り方に対する間口の広さというのも、電脳マシンのうらやましいところですね。
間違いはちゃんと教えてくれる
では、IMUは何でもしてくれるのか?と言えばその答えは「No」です。
「ちゃんと」と言うのも変ですが、ライダーがしくじれば、バイクの方から「それは間違っていますよ」と言うような動きもします。
例えばコーナーの立ち上がりで、開けなければならないアクセルを不意に戻すとバイクがインにカクっと振れたり…。
「当たり前の挙動がちゃんとある」といったらよいでしょうか?
IMUはライダーの間違った操作までをカバーするものではないということがよくわかりました。
IMUはあくまでライダーの意思や感性に追従するかたちでサポートしてくれているものなのですね。
ただ、ライダーが少々のミスを犯してもIMUが転倒に至らないよう、できる限りのことをやってくれます。
コケないように頑張ってくれる
CBR1000RR-SPはスポーツABSを搭載しています。
先述の様にIMUは常に車体の状態を監視制御してくれているわけですが、ABSがこれらと連動して作動するようになっているのです。
具体的には、
- 車軸の速さ
- 速度
- 車体の姿勢
などからコンピューターがブレーキに最適な制動力を演算し、コーナーでバンク中でもブレーキロックを防いでくれます。
「峠をフルバンク?」それを前提としないまでも、様々な交通の中で突発的なことが起こるのが公道です。
まして練度の高い選手が乗るGPマシンとは違い、市販車であるCBRには様々なスキルのライダーが乗ることになります。
電子制御は、公道用市販車だからこそ真価が発揮されるものだと言えるでしょう。
とにかく集中力が高くなる
今回は、CBR1000-SPの車体の動きにできるだけ注意して乗ってみました。
総じてどのモードでも極めて普通に乗れてしまうのは驚きです。
電脳が黒子の様に知らず知らずライダーをサポートしてくれている。
そのおかげで、もし記事を書くという目的がなければ、電子制御が今何をしてくれているのか、全く気付かなかったかもしれません。
それほどバイクが自然な動きをしてくれるわけです。
このおかげで、いつもより高い集中力をもって運転することができました。
どんな走行条件の中でも、ライダーの集中力を高めることで安全領域を広げることこそが、バイクに電子制御をプラスする意義。
かなりゆっくりとした速度の中でも、今回はそれを確認することができました。
電脳バイクは腕が落ちる?
筆者の普段の相棒はヤマハのXJR1300L。
(L)というのはラーリングのL。
要するに、二輪教習用に造られた一般には発売されない教習所向け特装車だったりします。
メーカーも車両の方向性も、電子制御の有る無しも、今回お借りしたCBR1000RRとはすべてが真逆のバイク。
筆者はこの素っ裸なバイクで、バイクのどこがどんな時にどう動くのか?
あの柏秀樹先生にもご指南いただいて、これを徹底的に体に覚え込ませてきました。
その時々のバイクの動きに呼応して、人間が必要に応じた制御を行う。
バイクで安全にその楽しみを広げていこうとするとき、ライダーとしてこれを極めようとするのは必要なことだと思います。
筆者はこのXJR1300Lを「5感の教習車」と位置付けているわけですが、やっぱり経済的に許されるのであれば、MT-10のSPやCB1000Rに乗りたいですよ。
よく「電脳バイクに乗ると腕が落ちる」という声も聴くわけですが、筆者はそうは思いません。
冒頭お話したように、車の場合は人間より機械の判断を優先するようにできていますが、バイクのIMUはあくまで人間の動きを補佐する形になっています。
もちろん3モードのプリセットの設定に合わせて乗るだけでも楽しめますが、乗り込んでいけば「それ以上に楽しみたい」ということになるでしょう。
CBRの場合はプリセットの他、USERモードで設定を任意に変えることもできます。
恐らくバイク各部の動きを把握して、自分のライディングテーマに合わせてセッティングできる人でないと、この数十通りもある設定をフルに使いこなせないでしょう。
必要な状況でバイクにどんな動きをさせたいのかを、バイクと相談しながら人間が決めていくのは、払い下げの教習車でもウン百万円のスーパースポーツでも同じことです。
つまり電子制御でも相変わらず、バイクに最適な動きを与えるために「腕」は必要なので、鍛えられる部分でもあるでしょう。
まとめ
やはり人間は疲れるので、その時々にできる危険回避のキャパシティーは一定ではありません。
その点、電子制御は疲れることなく姿勢制御をサポートし続けてくれ、しかも状況に応じたセッティングをボタン一つで呼び出せるのは魅力です。
もちろんクローズドコースをハードに攻め込んでいっても、これならスルッと楽しむことができるでしょう。
しかし、コンディションを管理されたサーキットの路面とは違い、刻々と路面状況が変わる公道では、そのサポートは特に有用なもの。
そしてその働きがあくまでもライダーの意思を中心に働くものであることを確認することができました。
「どんなバイクに乗っていても、公道で乗る以上はちゃんと家に帰り着くことをゴールにしなくてはいけない」
これは、今回すばらしいCBR1000-SPの世界を体験させていただいたオーナー氏が、一番声を大にされた言葉です。
いずれにしても、
•ライダーの気分や走行状況応じ、ボタン一つでそれらを呼び出せる。
•常に状況に見合った補正でライダーをサポートしてくれている。
それらはすべて安全につながる有効な機能。
バイクの楽しみを広げてくれる電脳バイクの世界です。
半信半疑と言う方はぜひ、お近くのショップの試乗車で、記事の内容を確認されてみてはいかがでしょうか?